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千葉地方裁判所 昭和35年(ワ)227号 判決

平和相互銀行

事実

原告石橋芳蔵及び同藤井才次郎は請求原因として、昭和三三年一〇月一日に作成された債務弁済契約公正証書によれば、訴外山サ青果株式会社が被告平和相互銀行に対し、昭和三三年四月一八日借用の金百万円の債務を負担していることを承認した上、その返済をなすことを約した旨及び原告両名が、その返済の債務について夫々連帯保証債務を負担することを約した旨並びに債務者及び連帯保証人等が債務不履行の場合に強制執行を受けることを受諾した旨の記載がなされている。しかしながら、原告両名は、右訴外会社が被告に対し負担している右公正証書に記載の債務について、連帯保証債務を負担したことも強制執行を受けることを受諾したことも全然なく、又、右公正証書作成の委託をなしたことなども全然ないのであつて、右公正証書に右のような原告等関係部分の記載がなされるに至つたのは、恐らく、当時右訴外会社の代表取締役であつた訴外田中正雄が原告等の委任状若しくは印鑑等を無断冒用してこれをなしたものであると推察される。すなわち、原告石橋は昭和三三年四月頃、右訴外田中に対し、他から金融を受けることを依頼して印鑑証明書及び白紙委任状を交付して置いたのであるが、その後何らの沙汰もなくして経過し、右原告石橋は翌三四年五月六日右依頼を取消し、右書類の返還方を請求したが、訴外田中は未だにその返還をなさずにいるから、恐らくはこれを冒用して右公正証書を作成したものであると推察され、又、原告藤井は、昭和三一年秋頃から同三三年秋頃まで右訴外会社の取締役として訴外田中と共に右訴外会社の経営に参加していて、その印鑑は、常時右会社の事務所内の事務机抽出に入れていたので、訴外田中においてこれを冒用して右公正証書を作成したものであると推察される。

右の次第であるから、原告等は何れも右公正証書に記載されている連帯保証債務を負担しておらず、又、強制執行を受けることも受諾しておらず、更に右公正証書作成の委託をもなしていないから、右公正証書の原告等関係部分は無効であり、従つて、右公正証書は原告等に対する関係においては債務名義となることのできないものである。よつて、原告等が前記公正証書に記載の各連帯保証債務を負担していないことの確認を求めると共に、右公正証書の原告等関係部分の執行力の排除を求める、と主張した。

被告株式会社平和相互銀行は答弁として、本件公正証書に記載されている連帯保証債務は原告等が真実にこれを負担したものであり、又、右公正証書の原告等関係部分は有効に作成されたものであるから、右連帯保証債務は有効に成立しているものであり、又、右公正証書の原告等関係部分も全部有効なものである、と述べ、原告等が右連帯保証債務を負担し、且つ右公正証書の原告等関係部分が作成されるに至つた事情を次のとおり述べた。

すなわち、訴外山サ青果株式会社は相当の負債があつてその整理をしているうち、従業員に横領等の不正行為があり、その結果事業資金に窮し、被告から融資を受けることにしたのであるが、適当な担保物がなかつたところから、その代表取締役である訴外田中正雄はかねて知合である原告石橋から担保物を借用することとし、同人に右事情を打明けてその借用方を申入れたところ、同人は、右訴外会社で借用した金員の一部を同人に使用させるならばその申出に応ずるということであつたので、訴外田中はこれを承諾したところ、原告石橋も訴外田中の右申入を承諾して担保物たる建物の権利証と印鑑証明書及び委任状を交付したので、右訴外田中はこれを被告銀行に持参し、右建物を担保として融資方の申入をなした。そこで被告は、右建物は担保物としては不適当であるから代りに連帯保証人を立てて公正証書を作成するならば融資をする旨伝えたところ、訴外田中は原告石橋に右の趣旨を話して連帯保証人となることと公正証書を作成することについて同意を求めた結果同人はこれを承諾して、公正証書作成の委任状の連帯保証人欄の同人名下に押印し、一方、原告藤井は、もと右訴外会社の役員であつたもので、訴外田中は右原告藤井のためにその負債の代払をしてやつたこともあつたりして、同訴外人とは極めて親密な間柄であつたのであるが、訴外田中が右訴外会社が被告銀行から融資を受けるについて連帯保証人が必要であり、且つ公正証書作成方の要求がある旨を伝えて、その連帯保証人となること及び公正証書を作成することについて承諾を求めたところ、原告藤井は直ちにその承諾をなしたので、右訴外会社はこれに基づいて右原告両名を連帯保証人となして、被告から前記公正証書記載の金百万円を借用し、且つ右公正証書を作成するに至つたものであるから、右公正証書に記載されている原告両名の各連帯保証債務は適法有効に成立したものであり、又、右公正証書自体も何らの瑕疵もなく有効なものである。

以上の次第であるから、原告等の本訴請求は何れも失当である、と抗争した。

理由

証人田中正雄の証言によれば、原告両名が被告に対し、訴外山サ青果株式会社の被告に対する金百万円の債務について、夫々公正証書記載のとおり連帯保証債務を負担することを約したことが認められ、この認定に反する原告本人石橋芳蔵、同藤井才次郎の各供述は措信し難い。

しかして、原告両名が自己の負担した右連帯保証債務について、その主債務者と共に公正証書を作成することを承諾したことは、前記証人田中正雄の証言によつてこれを推認し得るところであつて、この認定に反する原告両名の各供述は措信し難く、他に右認定を動かすに足りる証拠はないから、右公正証書は、以上の点に関する限り適法且つ有効に成立したものといわざるを得ない。

しかしながら、原告両名が、債務不履行の場合における執行受諾の意思表示をなしたことはこれを認めるに足りる証拠がないから、原告両名が右意思表示をなしたことはこれを認めるに由ないところである。尤も、証人田中正雄の証言によつて、同訴外人が原告両名の夫々の承諾の下にその各名下に夫々の印を押捺したものと認められる本件公正証書作成の委任状には、原告両名が夫々右執行受諾の意思表示をなした旨の記載がなされているが、右証人の証言と原告両名本人の各供述とを総合すれば、原告両名の承諾の下に右各押印をなした右訴外人は、右公正証書作成の委任状であることを告知したのみで、その書面の内容として、各個の約定と執行受諾の意思表示の記載がなされていることなどは全然これを告知しないで、右押印をなしたものであることが認められるので、原告両名は右委任状に右執行受諾の記載がなされていることはこれを知らなかつたものというべく、従つて右委任状に右の記載がなされていても、原告両名がその意思表示として、これを承諾したことにはならないから、これによつて原告両名が執行受諾の意思表示をなしたものとはなし難く、しかして執行受諾の意思表示は、これが公正証書に記載されることによつて、その公正証書に執行力を生ぜしめるものであるから、常に特別の意思表示を要するものといわなければならないものであつて、単に公正証書を作成することを承諾したということだけでは、右意思表示をなしたものと認めることはできないと解するのが相当であり、従つて原告両名が前記各債務について、公正証書を作成することを承諾したからといつて、右執行受諾の意思表示をなしたものと認めることはできないのであるから、原告両名が右各債務について公正証書を作成することを承諾したことも、又、右執行受諾の意思表示をなしたことの証拠とはなり得ないものである。

それにも拘らず、前記公正証書には、原告両名が夫々右執行受諾の意思表示をなしたように記載されているのであるから、右公正証書は、原告両名に対する関係においては、この点において事実と符合しないところの違法な記載がなされていることになるものである。従つて、右公正証書のこの点に関する記載部分は、原告両名に対する関係においては、無効であるといわざるを得ないものである。

しかして、執行受諾の意思表示の記載部分が無効である以上、その公正証書は執行受諾の意思表示の記載を欠くことになるものであるから、それが執行力を有しないことは多言を要しないところであり、従つて、右公正証書は原告両名に対する関係においては執行力を有しないものである。

しかるところ、右公正証書には前記記載がなされていて、形式上原告両名に対する関係においても、執行力があるような外観を呈しているのであるから、原告両名は同人等に対する関係において、右公正証書の執行力の排除を求めることができるといわなければならないものである。

以上のとおりであるから、原告両名が夫々前記公正証書に記載されている連帯保証債務を負担していないことの確認を求める部分の請求は失当であるが、原告両名に対する関係において右公正証書の執行力の排除を求める部分の請求は正当である。

よつて、原告両名の請求は、何れも右正当な部分のみを認容し、その余は失当である。

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